1504年、氏族(un clan)の小笠原氏が林城を築城し、その支城(une succursale)の一つとして深志城が築城されたのが起源。 1550年、武田氏の侵攻により深志城が落城し、小笠原氏追放。
Takeda a expulsé Ogasawara de cette ville.
武田氏は城を破却して深志城に家臣の馬場信春を配置し、松本盆地を支配下に置いた。
Takeda a dominé Matsumoto. 1582年、織田信長により武田氏滅亡。
Takeda a été anéanti par Oda.
しかし本能寺の変で信長が討たれると、領地は上杉景勝に擁立され小笠原旧臣の助力を得た小笠原洞雪斎が奪還する。
更に徳川家康の家来となった小笠原貞慶が旧領を回復し、松本城と改名。
16世紀…戦の為の築城
17世紀…平和の時代の築城
現存十二天守の一つで、現存唯一の漆黒の天守。
黒漆塗りで別名「烏城」
天守29.4m、天守台5m。